<<参考情報>>reference
・1988年開創
・中部地方に広がる薬師霊場
・特別霊場として善光寺より始まる。上田別所に広がる寺院群を巡り諏訪湖へ。諏訪、伊那をめぐりながら南下。飯田、中津川をめぐり多治見へ。ここから北上し、下呂、飛騨高山へと往還。戻ったところで再度北上し、郡上八幡への往還をする。番外を含め全55ヶ所の薬師霊場となっている。
<<ぷち情報>>petite info
そもそも中部地方とは?
ネット情報を追っていくと、この中部の名称は、1904年地理の国定教科書がつくられたころから使われているという。元々そういう地方があったのではなく学校で教えるために作られたらしいのである。確かに学校で習った記憶はあるものの、いまだに太平洋岸を東海、日本海岸を北陸、両地域間を東山といった律令時代からの名称も現代に生きている。とくに、東海、北陸などの名称は地域の気象を発信するうえでも重要な言葉となって残っている。
今回の中部四十九薬師霊場は、1988年開創された比較的新しい霊場であり、長野県、岐阜県、愛知県、山梨県に分布している。なぜに中部の名称を冠したのか。少なくとも「中部」という言葉ができた後に名づけられたことは論を待たない。もしもう一時代、たとえば江戸期に開創されたのならどのような名称になったのであろうか? 歴史あそびの醍醐味でもある。
今回の口絵の高徳寺は、中部四十九薬師の第十二番札所。かなり参道の下流より所々に石碑、石像が立ち並んでいる。山門前の長い階段下には阿形吽形が鎮座し参拝者を迎えてくれる。境内には実に石像が侍っている。自分の守り本尊を探しお願い事ができることが嬉しい。