<<参考情報>>reference
・1757年(宝暦七年)覚阿上人により開創との情報。
・長野県大町を中心とした札所で池田町、松川村にも点在。
・堂宇の割合が高く、廃寺も数カ所ある。
・ルートは大町中心部にある若一王子神社から始まる。初段は街の中心そして郊外を北へと道をたどることになる。一気に距離感が出る。中段で大町にもどり今度は東南方向の山麓に踏み入っていく。終盤は南方の池田町、松川村を経由し、大町へもどる形になっている。実に見つけにくいところにある御堂が多く、逆に発見の喜びも『ひとしお』と言ったところか。
<<ぷち情報>>petite info
国宝仁科神明宮。平安の御代から続く日本最古の神明造と云われている。。。
後冷泉天皇の1048年(永承3年)の時代にはすでに御厨が建立されており、豪族仁科氏により400年もの間この地で神事が行われていた。戦国期1582年(天正10年)仁科氏が滅亡した後は、松本藩主代々の祈願所として明治維新へとつながっていく歴史を歩んでいる。
そんな仁科の地に江戸中期に開創されたのが仁科三十三観音霊場。残念なことに各所で衰退が進み、すでに3ヶ所が廃寺となっています。また堂宇の比率が高く朽ちそうな場所も散見される。
今回の口絵は若一王子神社。仁科三十三観音霊場の第一番札所。鎌倉期の領主である仁科盛遠が那智大社第五殿に祀られる若一王子を勧請し建立されたとの言い伝えがある。本殿東にある観音堂には十一面観音。また参道脇にある三重塔が聖域の重厚さを醸し出している。